ペーチン、28歳からの10年間、京都に住んでいました。
お仕事は、オシャレな北山の病院ナース。
美容皮膚科などもある、ちょっと高級感ある病院 で、内科外来や皮膚科外来、エステあり。
そして60床の入院病棟で、二交代制勤務をしていたの。

ある、忙しい勤務中。
慌てて、患者さんを呼び止めようとしたら、出てきた言葉が、
「 宮城(ミヤギ)さ〜ん! 」 
どこにミヤギさんがいるってハナシよ・・・忙しすぎて無意識に、沖縄県民に多い苗字を叫んでしまったわ。


そういえば。
ペーチン、第一子出産の時にね。
足立病院という素敵な病院で、お産したの。
そこは、全個室。ダブルベッドに、専用トイレ&シャワールーム付きよ。
デスク上に大画面テレビ。冷蔵庫付き。家族のお泊まりも、オッケー。
お食事も、なかなかのもの。

陣痛が始まり、子宮口が全開になるまで・・・(結局、緊急帝王切開に切り替わったんだけど) 
これまで、お澄まし顔で
「 痛い、いたい! 」と標準語で話していたペーチン。
「 アガ〜! アガ〜〜!! 」 と叫びだしたの。
もう、とめられなかった・・・。

良い思い出だわ・・・。


そういえば。
京都に住んでいたとき、娘キューピーは三歳児。 当時、お嬢様幼稚園に通ってた。
入学金がまず、8万円。
制服や帽子・入園バッグなど、いちいち高くって。
入学支度だけで20万かかるような、そんな幼稚園だった。
園での手作り給食。習い事も充実していて。
送り迎えのママさん達も、それなりの服を着て、手袋にパンプス。雨の日はレインブーツ。

そんな身の程知らずな幼稚園に入れていた頃のキューピーは、それはそれは可愛かった。
目だけ大きくて、長い三つ編み、色白で。
その頃、キューピーは、自分のことを
「 わたし 」と呼んでいたの。
弟のヘイも、自分のことは「 ぼく 」と呼んでいた。

それが、なんということでしょう。
南の島の公立幼稚園に、転入したところ。
自分のことを「 ◯〜◯〜 」と呼び出したの。
分かりにくいわね・・・例えば、
みきさんなら「 み〜き〜 」、まきさんなら「 ま〜き〜 」、タモツ君なら「 たもつ〜 」という風に、みぃきぃ。まぁきぃ。たもつぅ。と、名前の間をのばす方式です。
自分のことは、自分の名前で呼ぶわけ。
ここでは、みんながそうしてるし、お友達もそのように呼ぶし。

そして。
今や、真っ黒に日焼けした、たくましいキューピーは。
「 ノートに、ガバ(垢・汚れ)がついてる! 」とか、言うわけ。
すっかり、この島の子よ〜。

あ、あと、あれもじゃない?
「 ちょっと、そのチャンネル(テレビのリモコン)取って! 」も。
「 クーラー逃げるから(冷気がでていっちゃうから)、早く閉めてよ! 」も。
だー、もう、綺麗な言葉を喋らないと、大変さー。

標準語の日本。
この子は、将来、どんなにおしとやかにしていても、” ウチナーンチュ ”だと、バレる瞬間が、やってくるわ。