ペーチンは保健学科を卒業した23歳から27歳までの5年間、県立病院で看護師をしていました。
離島に転勤した整形外科・内科の混合病棟の時。
尊敬する医師に出逢えたの。

大病院で勤めるドクターは、鼻持ちならない人も多くて。
独身のドクターなら、若いナースにもモテモテ。 
患者さんを人とも思わない、そんなドクターも多かった。
ドクターが変わってしまうのは、忙しいからだと思うの。
過酷な環境。日勤で外来を診て、病棟で入院の受け持ち患者を回り、当直で救急対応をする。
そりゃあ、感覚も麻痺し、お医者さんを目指した当時の初心を忘れて、疲労に疲労を重ね、人としての心も失う、仕方ない部分もあります。

ナースだってそう。
患者さんに寄り添って、苦しさを和らげたいと思って入ってきたのに、現実は目の回る忙しさ。
ベッドサイドに長い時間いることなんて不可能だわ。
ルーチンワークだけじゃない、検温もできないほどの処置に追われ、急な入院受け入れ、緊急オペの準備、急変時の対応、死後の処置まで、業務に追われて走り回ってる。
準夜勤が終わっても、記録が書けずに、深夜勤まで残って、朝から日勤なんてのもザラだった。

ある深夜勤のこと。

ペーチンは、先輩の看護士と組んでたの。
60床の病棟で、私は急性期のAチーム、先輩は慢性期のBチーム。
一部屋6床が3部屋、2床が2部屋、個室が2部屋、それに ICU3床を受け持つの。

その夜は、急変対応に追われて、翌日の内服薬や点滴の準備すら出来ないほどに忙しかった。

そんな中、80代のお年寄りがオムツ外しをして、便いじりでシーツやベッドやら、汚してしまう。
何回、綺麗にしてあげても、次の巡回時には便いじり。
痴呆がはじまっていたのね。
しまいには、ベッドから降りようとする。
ベッド柵を乗り越えて、転落し、怪我でもしたら大変だから、まず、ベッドの高さを低くしたの。
危ないから、車椅子に移動して、明るいナースステーションで見守りもした。
それでも、立とうとしたり落ち着きがない。
ずーっと付き添ってあげることも叶わず。
先輩と相談した末に。
とうとう、ペーチンは、おじいちゃんに抑制帯を使うことにした。

抑制帯。
「 手を縛る 」っていうこと。
患者さんを寝かせて、折りたたんだシーツを体幹に被せてベッド柵に結ぶ。
そして、両手を抑制帯でベッド柵に結ぶ。
自由が効かないから、ベッドから自力で起き上がれない。オムツ外しも出来ない。

抑制帯は、鼻腔チューブを自分で抜去してしまう人にも、大切な管を抜いてしまう危険がある人にも、よく使われる。
ひとりに、ずっとついていてあげることが不可能だから。

想像してみて。
もし、自分だったら。
ベッドに縛られて、どこか痒くても掻けない、体制も自由に変えられない自分。
地獄よね・・・。

でも、おじいちゃんに、日勤帯のみんながくるまで、ついていてあげることは出来ないの。
微量な輸液を管理し、レスピレーターに繋がっている人も、点滴のアラームも、ハートモニターのアラームも、痛みを訴えてのナースコールも、鳴り響いている。

その夜。
当直の医師が、内科の医局長 N村先生だった。
緊急の指示を頂きたくて、コールすると、すぐ病棟へ上がってきた。

ちょうど、おじいちゃんの主治医も、N村先生。
抑制の報告もした。
N村先生、どうしたと思う?

自分の車に、おじいちゃんを乗せて、おじいちゃんの自宅へ走らせたの。

一時間弱で戻ってきたN村先生とおじいちゃん。
おじいちゃんは、ベッドでスヤスヤと眠った。

ペーチン、N村先生に聞いたの。
「 先生、どうされたんですか? 」
N村先生は、答えたの。
「 彼は、ずーっと、家に残してきたおばあちゃんのこと(妻)が気になっていたようなんだ。今夜は、家が火事になって、おばあちゃんが危険な目にあっている、と思っていた。だから、彼の家まで連れて行って、おうちは大丈夫だよ、奥さんは大丈夫だよ。って見せに行っただけ。」

・・・・・・・ペーチン、死んだ。
魂が震えたわ。
それで、今、おじいちゃんは安心して休んでいるってわけ。
私なら、たとえ、自分の勤務が終わったあとだとしても、自分の車に乗せて走るなんて、出来ないと思う。
N村先生、神対応だよ。

ナースやドクターは、優先順位をつけて、命に関わることから、対応していきます。
でも、忘れていけないことは、同じ。
自分だったら、どうして欲しいか、と考えること。

現在、N村先生は、開業されて、クリニックには彼を慕う医療スタッフが揃い、小さな病院はN村先生に診てもらいたい患者さんで溢れています。
儲け、医師としてのプライド、世の中には色々なタイプのドクターがいます。
ペーチンが出逢った中でも、それを超えて、人間として尊敬する人のひとりです。